「我慢」〜仏教からきた言葉〜

仏教からきた言葉

葬儀司会21年 葬祭ディレクター1級 つたえびと みっこです。

現在、使われている言葉の中には、仏教からきた言葉があります。

今日は、「我慢」について書いていきましょう。

「我慢」

コロナ自粛で我慢することもたくさんでてきていますね。

現在で使われている、「我慢」というのはしんぼうするとか耐えるとかこらえる、などの意味で使われていますね。

この「我慢」も仏教からきた言葉ですが、少し意味が違います。

仏教において、自分中心に物事かんがえることはよくないこととされています。

我慢の我(が)は我(われ)、自分のこと。

仏教には自惚れの心を7つにわけた、七慢(しちまん)というものがあります。

  • 慢(まん)
  • 過慢(かまん)
  • 慢過慢(まんかまん)
  • 我慢(がまん)
  • 増上慢(ぞうじょうまん)
  • 卑下慢(ひげまん)
  • 邪慢(じゃまん)

慢(まん)・・・自分よりも劣った人をみて見下す心

過慢(かまん)・・・同じレベルの相手に自分の方が優れていると威張る心

慢過慢(まんかまん)・・・自分より優れている相手を認められず相手の悪い点を見つけて自分が上だと思う心

我慢(がまん)・・・自分が間違っていると気づきながら正さず、我を押し通す心

増上慢(ぞうじょうまん)・・・さとりを開いていないのに悟ったとうぬぼれる心

卑下慢(ひげまん)・・・自分は卑下することにうぬぼれる心

邪慢(じゃまん)・・・恥ずべきことを自慢する心

我慢はこの中の4番目。

間違っていると気づきながら正さずに我を押し通す心

これが本来の意味でした。

これが、我が強い、頑張るなどの意味に変化して、現在のしんぼうする、こらえるなどの意味につかわれるようになりました。

 

間違っていると気づきながら押し通してしまうこと、なんだか身に覚えがある気がします。

我を中心におくのではなく、利他の心で生きていきたいですね。

今日は「我慢」についてお話をさせていただきました。

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